七月二十八日 出発

今朝の金木は涼しく過ごしやすい気温です。

これからもうすぐ8月で夏祭り期間の混雑を思うと、今日が静かな期間の最後かな。

太宰治は昭和20年に戦災を逃れて故郷に疎開しましたが、7月28日が甲府市から上野駅に向かって出発した日です。

これについては「十五年間」の中にも詳しいし、「ひでえ目にあった」状況がいくつかの作品に繰り返し書かれました。

今日のお客様にはこの辺りの話を交えてガイドしてます。

 

 

 

〜太宰治「十五年間」より抜粋〜

甲府で二度目の災害をこうむり、行くところが無くなって、私たち親子四人は津軽に向って出発したのだが、それからたっぷり四昼夜かかってようやくの事で津軽の生家にたどりついたのである。
 その途中の困難は、かなりのものであった。七月の二十八日朝に甲府を出発して、
大月おおつき附近で警戒警報、午後二時半頃上野駅に着き、すぐ長い列の中にはいって、八時間待ち、午後十時十分発の奥羽おうう線まわり青森行きに乗ろうとしたが、折あしく改札直前に警報が出て構内は一瞬のうちに真暗になり、もう列も順番もあったものでなく、異様な大叫喚と共に群集が改札口に殺到し、私たちはそれぞれ幼児をひとりずつ抱えているのでたちまち負けて、どうやら列車にたどり着いた時には既に満員で、窓からもどこからもはいり込むすきが無かった。プラットホームに呆然ぼうぜんと立っているうちに、列車は溜息のような汽笛を鳴らして、たいぎそうにごとりと動いた。私たちはその夜は、上野駅の改札口の前にごろ寝をした。拡声機は夜明けちかくまで、青森方面の焼夷弾攻撃の模様を告げていた。

 

 

このあと、故郷に生きてたどり着けるのかもわからない不安と困難。

夏祭りもなにも・・・ない。

 

 

 

 

 

 

7月休館日予定

☆7月5日(水)、7月19日(水)休館

太宰生誕日朗読会がありました

 

 

きのう6月19日、太宰治が多くの作品を書いた家で朗読会がありました。

 

 

 

 

太宰治疎開の家は公開から10年。

その翌年から開催の太宰生誕日朗読会は第9回目。

 

 

 

 

 

 

西日になってきた15時頃から入場し始めた参加者が

開演時間までは通常見学のお客様と交わりがあったりして和やかです。

 

 

 

やがて16時、ゆる〜く開演。

 

 

 

 

 

「走れメロス」と「富嶽百景」。共に太宰と云えば、の代表作を

太宰を愛する原きよさんの語りで聞かせていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太宰さん、

今年もこの空間にあなたの言葉が響きましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

昔ながらの津軽のお餅でお茶っこ

 

 

 

始めましての方、以前見学に来てくださった方、初回から欠かさずというお客様もいます。休憩時間の15分は楽しい交流会のようで、黙っていたらずっとおしゃべりが続きそうで。

 

 

皆様、宴もたけなわですが( ^ω^)・・・

 

第2部始まりますよと、時間を切るのに躊躇しました。

 

 

 

原さんと作家・世良啓さんが太宰が住んだ下宿「碧雲荘」の湯布院移築にまつわるお話を聞かせてくれました。

 

 

 

疎開の家でのお二人の出会いとこれまで。人と人が偶然つながって、ご縁に依って事が成る興味深い経緯から、作家ゆかりの古い建物を保存、活用する意義について心こもるトーク。

 

 

 

 


 

予定は90分とお知らせしていたのですが、僕のゆるい進行によって時間がオーバーしました(スミマセン)

 

この日、いろんな場所でいろんな表現で太宰作品が読まれたことでしょうが、

太宰さんの言葉を日々の生活に思い、必要としている人がここにも、ここではない場所にもいることを感じながら、特別な気持ちを味わえた2時間でした。

 

太宰さんをとおして交わるご縁に感謝。

多くの方に助けられながら、太宰さんの袖に掴まりながら、太宰治疎開の家もここから10年の先に進みます。

 

 

 

 

 

来年またお会い出来ればいいな。