太宰は嫌いだ!

昨日と今日

 

太宰治疎開の家の来館者ノートには中学生の感想がいくつも書き込まれました。

 

 

   知らない話が聞けておもしろかった。

 

   たくさんの読みたい太宰作品が見つかった。

  

   太宰大好き!

 

の後にカッと応えるように

 

   お坊ちゃんで甘ったれで、太宰は大嫌いだ!

 

と1行、ご年配の男性が書きました。

 

 

 

 

ここでは太宰にまつわるガイドを聞いてもらっていますが、

 

毎日大体同じ話でも、当然、聞く人によっていろんな感想があります。

 

きっとこの方には、僕のガイドは聞きづらかっただろうな。

 

我慢してだまって聞いてくださったんだな。

 

 

 

 

不良と呼ばれている人が、思いのほか人望があったり、

 

ある人にとって嫌な人が、別な人にとってはかけがえのない良いお父さんだったり、

 

ある時代の暴君が、のちには偉人、英雄と教えられたり。

 

 

 

人の評価というもの、場所や時や見る角度でまったくあべこべです。

 

 

他人はどう見ても、人生に問題を抱えた我が子や友達ならほっとけない。

 

そうやって多くの人も僕も生かされているし、

 

役に立たなそうな小心者も、居るだけで誰かの助けになっているかもしれません。

 

 

 

禍福は糾える縄の如しであり、

 

善悪表裏織られてずっと世界は続いてきたし、

 

所々破れやほつれがあっても

 

これからもどうにか続いていくはずです。

 

食って掛かって潰し合えば破れ、余計な圧力が掛かればダマになる。

 

近頃の世情の在りようでは、うっかり大きな穴が開いてしまい、

 

さらに次々と穴がという気もしますが・・・

 

当館の洋室のソファーにも過去の大きな破れがそのまま。

 

 

 

すこし我慢して、ノートに反対の主張を書き込むくらいで収めるのが平和的です。

 

中学生の1行に、思わず一言書かずにいられなかったご年配の気持ちを想像しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DAZAI×SAKURAKO 太宰さんのコーヒー

 

 

 

当館ショップ太宰屋で、今月から新たにコーヒーを発売しました。

 

このコーヒーは津軽海峡を渡って函館市から届きます。

 

 

SAKURAKO

 

コスタリカ/レべンス農園のコーヒーを日本に初めて持ち込んだ

 

田中桜子さんの名を冠したフルーティーで豊かな香味とクリアな口あたりのコーヒー。

 

桜子さんと津軽のご縁により太宰オリジナルパッケージでここだけで発売。

 

デビュー間もないですが来館者に人気です。

 

ペン休めのコーヒーをあなたもどうぞ。

 

 

 

 

 

 

七月二十八日 出発

今朝の金木は涼しく過ごしやすい気温です。

これからもうすぐ8月で夏祭り期間の混雑を思うと、今日が静かな期間の最後かな。

太宰治は昭和20年に戦災を逃れて故郷に疎開しましたが、7月28日が甲府市から上野駅に向かって出発した日です。

これについては「十五年間」の中にも詳しいし、「ひでえ目にあった」状況がいくつかの作品に繰り返し書かれました。

今日のお客様にはこの辺りの話を交えてガイドしてます。

 

 

 

〜太宰治「十五年間」より抜粋〜

甲府で二度目の災害をこうむり、行くところが無くなって、私たち親子四人は津軽に向って出発したのだが、それからたっぷり四昼夜かかってようやくの事で津軽の生家にたどりついたのである。
 その途中の困難は、かなりのものであった。七月の二十八日朝に甲府を出発して、
大月おおつき附近で警戒警報、午後二時半頃上野駅に着き、すぐ長い列の中にはいって、八時間待ち、午後十時十分発の奥羽おうう線まわり青森行きに乗ろうとしたが、折あしく改札直前に警報が出て構内は一瞬のうちに真暗になり、もう列も順番もあったものでなく、異様な大叫喚と共に群集が改札口に殺到し、私たちはそれぞれ幼児をひとりずつ抱えているのでたちまち負けて、どうやら列車にたどり着いた時には既に満員で、窓からもどこからもはいり込むすきが無かった。プラットホームに呆然ぼうぜんと立っているうちに、列車は溜息のような汽笛を鳴らして、たいぎそうにごとりと動いた。私たちはその夜は、上野駅の改札口の前にごろ寝をした。拡声機は夜明けちかくまで、青森方面の焼夷弾攻撃の模様を告げていた。

 

 

このあと、故郷に生きてたどり着けるのかもわからない不安と困難。

夏祭りもなにも・・・ない。