リンゴの涙

 

 

雪が。そしてリンゴのおいしい季節になりました。

我が家の階段下には、買ったリンゴとご近所から頂いたリンゴで小山ができていて、

朝晩食べなくてはとても追いつかない状態。

「おー甘い!」「あ〜ジューシ〜!」と津軽に暮らす幸せを日々歌っています。

これは途方もなく手間のかかる栽培作業をコツコツ積み重ねるリンゴ農家さんのおかげ。

 

 

司馬遼太郎さんが確か書いていたはずだと本棚から取った

「北のまほろば 街道をゆく四十一(1995年11月)」

この本には太宰治の津軽の旅に関する記述なども度々書かれていますが、

これこれ。最後の章「リンゴの涙」。

 

 

 

はるか昔、原産地とされる新疆ウィグルからシルクロードで中国を通り、リンゴ栽培は中世の京都へ、また現在僕たちが食べている品種の元がヨーロッパから発してカナダ、アメリカを経て明治期に初めて北海道に移植されて以降、改良に改良を重ねて青森県がリンゴ産地になるまでの歴史をひもとき、そして1995年、司馬さんはつがる市旧柏村のリンゴ園で、身をくねらせて立つ日本最古のリンゴ古木(当時116歳)に会いました。 以下本文から一部抜粋

 

 

 

私は、その村にその木を訪ねて、この「北のまほろば」の締めくくりにしようとおもった。

 

「私にとってはこの木はご先祖様ですから」とりんご園の当主小坂卓雄氏が云う。

どうも青森県では、りんご園で育った子どもまでが、りんごの木を家族だと思っているらしい。

『リンゴの涙』

という文集を読んで、そのことがよくわかった。

平成三年(1991)九月二十八日朝の台風が、この県のりんご園を壊滅させた。

 

三和小学校四年澤田龍太君のお母さんは 黒い雲の広がった空を見上げて手をあわせて おがんでいた目にはいっぱい なみだがたまっていた」という。

 

  ぼたぼた ぼたぼた
  畑でりんごの落ちる音がする
  赤い大きな「世界一」が
  ふくろのかかったままの「むつ」が
  風にたたかれて
  枝からはなれていく
  ぼたぼた ぼたぼた
  りんごの落ちる音は
  お母さんのなみだが 落ちる音だ
  お母さんの丸いせなかを見ていたら
  ぼくの目からも なみだが落ちた

 

  ・

  ・

  ・

 

ああ・・・ありがてぇ(´;ω;`)

 

感謝して今晩もいただきます。

 

 

 

 

 

【北のまほろば 街道をゆく四十一】目次

古代の豊かさ/陸奥の名のさまざま/津軽衆と南部衆/津軽の作家たち/石坂の猴離汽鶚瓠森袷鮎襦神磴遼楷檗身焼高堂ノ話/人としての名山/満ちあふれる部屋/木造駅の怪奇/カルコの話/鰺ケ沢/十三湖/湖畔のしじみ汁/金木町見聞記/岩木山と富士山/翡翠の好み/劇的なコメ/田村麻呂の絵灯籠/二つの雪/山上の赤トンボ/志功華厳譜/棟方志功の「柵」/移ってきた会津藩/会津が来た話/祭りとえびすめ/斗南のひとびと/遠き世々/鉄が錦になる話/恐山近辺/三人の殿輩/蟹田の蟹/義経渡海/龍飛崎/リンゴの涙

 

 

司馬さんはこの本が出て、翌年2月に急逝されたのだ。

よくぞ書いてくださった、とおもう。

ほんとうにありがたい。

何度も読みます。