明日は休館日

明日、11月15日は休館日です。

立冬

疎開の家の庭。

素人には手に負えないと思い、10年放置していたが、

大きな松など上にも横にも伸び放題の枝がどうにもむさくるしく

11月になって紅葉の見ごろが過ぎたら急にお客様が来なくなったので

冬支度の前に針葉樹の枝を落とすことにした。

脚立からよじ登って、枯れ枝を折り、絡まったつるをはぎ取り、

混んだ枝にのこを挽く。

その分量たいへんなものである。

もっと早く手を掛けておればよかった。

 

16時に作業を終えて息をついていると

西日の射す庭にたくさんのトンボが現れた。

高く、低くふわふわと群れ飛ぶ。

暖かかったとはいえ、今日は立冬である。

 

初雪の予報が聞こえてきたこんな時期から

どこかの水面を選び産卵して君たちは死んでいくのか。

 

 

 

 

 

トンボ。スキトオル。と書いてある。
 秋になると、蜻蛉も、ひ弱く、肉体は死んで、精神だけがふらふら

飛んでいる様子を指して言っている言葉らしい。蜻蛉のからだが、秋

の日ざしに、透きとおって見える。   

                      〜太宰治「ア、秋」〜

 

 

 

 

きっと数日のうちに寒気が来て

君たちは草の葉から羽ばたけなくなる。

やり残したことはない。

そして静かに生の終わりを受け入れる。

 

 

自然の中でただ、人だけがややこしい。

死を恐れ、若い時から死について考え

他者の死に方にかかずらい、評論し

節制して寿命を増やそうと努力し

やり残したことを悔やみ

死後何十年先の墓標や供養について心配する。

 

 

自然界の成り行きを止め、変形させ

干渉せずにはいられない

不自然な人間という存在が僕。

 

 

 

 

 

 

 

太宰が涙をこらえた日

 

長く津島家から義絶されていた太宰が、

 

重篤の母に会うために生家に帰ってきたのは昭和17年の晩秋。

 

小説「故郷」に書かれた、その日が10月28日。

 

 

車窓に手が届きそうなりんごの畑を見ながら、

 

稲刈りの終わった田んぼを見ながら

 

近づいてくる母の待つ生家。

 

 

 

 

 

 

三鷹市の[太宰治文学サロン通信 vol.38]に

 

新座敷で太宰が母と対面し、涙をこらえた小説「故郷」について

 

先頃、寄稿させていただきました。

 

 

 

 

 

 

気持ちの良い秋晴れです。

 

太宰と家族の物語を静かに抱いた部屋にもぽかぽかと陽が射しています。

 

今日のお客様は、特別な日の新座敷をご見学されることになります。